しゃぶしゃぶ

NEWSとJUMPと嵐

原作『弱くても勝てます』

進学校のへっぽこ野球部が独自のセオリーで甲子園を目指す」

その設定からイメージしていたお話まんまだった。とにかく笑える。生徒たちの頭の良さは「結果から考察する」より「先回りして考える」ほうに回転し、取材者(読者)を「つべこべ言わずに(バットを)思い切り振り切ればいいんだよ」ともどかしくさせる。誰も彼もが「考え過ぎ」ていて、取材中何度も引いちゃってる取材者のコメントが面白くて、ニヤニヤしっぱなしだった。

ドラマの敗因は「『信頼』や『思いやり』などは日常生活で学べば良い」という本を原作にしたのに「『信頼』や『思いやり』を野球監督に教えさせた」ところにあるのかなと。青志君は「偉大なるムダ」に生徒を全力投球させれば良かったわけで、城徳のセオリーを語る時、あんな説教じみた言い回しにする必要はなかった。そういうのは校長とか「部長」とか他の大人にさせれば良かった。

原作でも監督は生徒たちを怒鳴り散らしているけれど、それは生徒たちが「頭でっかち」で体が動かなかったり、コミュニケーション力が低過ぎてチーム内ですら意思疎通ができていなかったり、「人としてダメ」な部分が多過ぎて「なんで俺がこんなことまで言わなきゃいけないんだ!」てヤツで、「監督が変わってる人」だからじゃない。
なんで青志君をあんなめんどくさい人にしちゃったんだろ。誰よりも青志君こそがへっぽこだった。
進学校の変わった考え方をする野球部員と、生徒に合わせて独自のセオリーを生み出す思考の柔軟性はあるけど社会的感覚は真っ当な野球監督と、そんな野球部を見守る「普通」の記者。このバランスが面白い。ドラマではそこを崩しちゃってたなー。

個性とキャラクター性は違うのに、最近のドラマは人物像をキャラっぽく作り過ぎだなと感じてる。そして「成長」を見せるためにいちいち「過去」を持たせたり「事情」を抱えさせるのやめてほしい。
よわかてもそういうのなくひたすら野球をしてたら、絶対違ったのに。もったいなかった。原作がとても面白い分、なんだか悔しい。

しかしこれは完全に趣味の問題で、「スポーツだけしているスポーツ物」が好きだから(金字塔:スラムダンク)そう思うんだろうなぁと、自覚してます。
原作を読んで、ドラマのあそこをあーしていたら、こーしていたら、というifが膨れ上がった。